読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ちょうどいい毎日をさがす日記

なんだか停滞してるな、他人と比べては落ち込んでばかりだな、ともやもやした空気が立ち込めてた2015年。それを変えようとまずは暮らしをシンプルに整えようと取り組んだ2016年。なんとか現状を変えようと、ちょうどいい毎日、を模索する34歳のブログ。

働き方が変わったので掃除のスタイルも変えてみた


昨日は暗かったわ・・笑。気持ちを書きなぐってみたらすっきりして、書いた1時間後にはお菓子屋さんでハッピーターンを買っていました。へへっ

4月から部署を異動したことにより、フレックスタイム制度を存分に活用できなくなってしまいました。(朝から100%稼動!な部署なのと、後ろに仕事がずれようものならばそれを挽回できるタイミングがまったくなく、自分の首を絞めることになるので)昨年一年間かけて、毎週金曜日の朝は掃除を一気に終わらせるスタイルになっていたので最初はかなりの痛手でした。これでまた土日に掃除を頑張らなければならないのか・・。でもどうしても土日の家事は最低限にしたいのです。そうなると平日時間を作るためにできるのは睡眠時間を削るくらい。。そこで新しいやり方にしてみました。
まとめてではなく、日々こまめにキレイを保つ掃除方法です!・・・そんなに画期的な方法でもないか(笑)

キッチン
・作業台は毎朝アルコールスプレーでささっと拭き掃除
・シンクは夜、すべての片付けが終わったら、そのままの流れで食器用洗剤をつけたスポンジで洗う
・排水溝にとりつけてあるネットは2日か3日に一回取り替えて、その際にキッチンハイターをシュッとする
この2つをやっていればそこまで汚れは溜まりません。週に一度排水溝の中も掃除していますがぬるぬるも少なくて簡単♪
・コンロ周りは気になったときに重曹を水で薄めたスプレーでふき取りする

トイレ
・毎朝、まめぴかでふき取り
・トイレのボウル部分は週に一度掃除

洗面所
・毎朝ガラス用の洗剤で鏡と蛇口のステンレス部分を磨き、水垢をとる
・シンクは気になったときにスポンジを使って洗う
排水溝にもともとはレバーを操作して水をためられるような部品(なんといったらよいのかわからん・・)がついていましたが複雑な形状をしていて、そこに溜まった汚れを掃除するのがとても大変でした。ブラシでこすると汚れがついた水が飛んで顔にはねたりして本当に苦痛だった・・昨年末に部品を撤去し、排水用皿と銅版で作ったかカバーをつけることにしました。平面だからか汚れがそもそもつきにくいし、本当に快適です♪

曜日を決めてまとめて掃除をしていたころは正直、掃除をしてから2日くらい経つとちょっと汚れが気になるようになっていました。が、こまめに掃除するスタイルに変えてからは掃除の敷居が低くなったし、数分で終わるとわかっているのでささっと取り掛かれるようになったことで、あたり前の結果ですが「キレイ」が続くようになりました。まとめ掃除はそれはそれで、他の日には掃除のことを気にしなくてよいというメリットがあったけれど、暮らし方にあわせて合うやり方は変わってくるものなんだな、決めたやり方だからと言ってそれに個室しないでどんどん変化させていかなくてはならないな、と思ったのでした。

今日は暗いよ。

世の中の大多数を占める意見が常識になる。常識認定されると、された側の人はされていない側の人に何を言っても、聞いても許される免罪符を手にしてしまうのはなぜでしょう。
なんで結婚してないの?なんでバツイチなの?なんで子供いないの?なんで同性が好きなの?
聞いた側は自分のいる世界の正しさを、その答えで確認するのだと思う。
そして常識が正しいと思っているのも他でもない自分だから、多分いちいち傷ついたりするのでしょう。

自分が一番苦しいと思う部分に関しては、自分のいる世界を、その世間で言うところの少数派ばかりがいる世界にできたらすごく楽に生きられるんじゃないかな。
そういう逃げはあってもいいよね、と思う。楽になるならば。


あら!今日は暗くなっちゃった。こんな日は大好物のチョコパイを食べるに、限る。

心に留めておきたい言葉⑨

毎月第四日曜日の読売新聞に「ジュニア文芸」というコーナーがあります。先月のこのコーナーで強烈な印象を残してくれた詩がありました。

『がんばれ わたし』

私は がんばっています
とっても大事なことです
いっぱい練習すれば
必ず いいことが待っている
きっと いつかは蒼雨だって
できるのだから
ちゃんと わかっている
いつも不安があっても できるんだ
がんばれ わたし


小学6年生の森田蒼雨さんの詩です。詩を読んで本気で泣くという初めての経験をしました。


わたしは何の変哲もない人間です。特別に大きなことをがんばっているわけではないし、国を変えるような大きな決断をする立場にもありません。毎日の暮らしはちいさなことの積み重ねで、毎朝決まった時間に起きてお弁当をつくり、ちょっと掃除をして大急ぎで身支度して、満員電車に乗り片道1時間半かけて会社に通う。仕事をして、苦手な人とも会議をし、答えたくないプライベートな質問は愛想笑いでかわし、帰りは電車の時間にうまく間に合うように小走りで駅に向かいまた満員電車に乗る。足りないものがあれば途中で買って、帰ったらお風呂・夕食の準備・食べてたら片付け。明日は絶対会社も家事も全部ずる休みしてやる!と思うのだけど朝になればまたちゃんと起きるのです。こんな小さなことの積み重ね。それに満足を感じられる日もあるけれど、全部投げ出したくなる日もあります。
ちいさなことだけど、ちゃんとがんばってる。ちゃんとがんばってるのに、全然報われた気がしない。きっとまだがんばりが足りないのでしょう。がんばる意味なんてあるのかな?

この詩を読んで、がんばることはそれ自体大切なことだと教えられました。必ずいいことが待っている、きっといつかはわたしにもできる、ちゃんとわかっている。
ちゃんとわかっているはずなのに、いろんな経験をして、あの時こうしたのにうまくいかなかった、あの時こうしてしまったからうまくいかなかった、という自分は”こう”という思い込みがわたしをいつも挫けさせるのだけれど、それでもがんばろう。そう思わせてくれてありがとう、蒼雨さん。
オードリー・ヘップバーンのあの有名な「魅力的な唇であるためには、、」と同じくらいきっと、これから先のわたしを支えてくれると思います。

どうせYESと言うのなら。

社会人になって10年以上経ちますが、わたしの唯一の信条は何かを頼まれた時は気持ちよく「はい!」ということです。なんでわたしが!??と思うようなことでも、部署の異動でも、どうせやるのならごちゃごちゃ言わずに「はい!」って言った方が気持ちよく仕事が進むと思っているからです。ものすごくキャリア志向とか、管理職になりたいとかいう人はこれじゃダメでしょうが、何しろわたしはそういう欲が全くないので・・・

仕事ではできることが、家族にはできなくなるのはどうしてでしょうね。例えば、予定外に旦那さんが「今日は外食がしたい!」と言い出すような時。他にもこういう家具や家電を増やしたいとか。物理的なことだけではなく、日々の習慣をこうしてほしいというお願いをされることもありますね。絶対に嫌ではないけれど、そこまで乗り気というわけではない時やなんだかおかしなプライドが邪魔をして、快諾されたと思われるのが嫌な時には、反射的に「うーん、それはちょっと・・」という反応をしてしまうのが癖でした。でもその後承諾したとしても一度拒否反応をされると、旦那さんの方にも「なんとなく嫌な気分」が残ってしまうことに気づきました。

せっかく希望を叶えたのに嫌な気分が混ざってしまうなんてもったいない。このままじゃ「いつもごねる奥さん」になってしまう。だからどうせYESと言うのなら、気持ちよく「そうだね!いいね、それ!」と言おうと遅ればせながら始めたのでした。

おいしい、うれしい、いいにおい、思うだけじゃなくてちゃんと声に出そうと思う

気づけばもう5月!!3月のふりかえりもせぬうちに・・!飽き性の自分にはシリーズ物は無理かもしれない・・

最近心に余裕がある時に意識していることがあります。それはポジティブな感情になったときには、思うだけでなくてちゃんと口に出して気持ちを言うこと。大好物のチョコパイを食べたら「今日もおいしすぎる!」、散歩途中にきれいに花が咲いてたら「きれい!」お風呂上りのマッサージオイルって「いいにおい!」それにすっごく「いい気持ち!」。
口に出して言うとその声が耳から入ってくるせいか、余計にそう感じられるようになるから不思議です。同じ原理で夜化粧水をつけるときには「おつかれさま!今日もがんばって偉かったよ」と声をかけるようにしています。誰に?自分に。笑
気持ち悪いけど、他人に褒められるのを待つより自分で褒めちゃったほうが早いかなと思うのです。

わたしはすぐにイラっとしてしまうタイプで、例えば前を歩く人が歩きタバコをしているだけで、わたしの頭から本当に湯気出てるんじゃないか?と思うくらいイラッとしてしまいます。(心がせまくてすみません!!)歩きタバコは本当に大嫌い。ほんの一部の人たちのマナーの悪さのせいで喫煙者全体が悪い、みたいな風潮になってしまっているのが残念でなりません。あと、歩きタバコは条例で取り締まると言っていたのに今はまったく取り締まっていないことも腹が立つ。やるやると言って100%取り締まらず中途半端なのが日本という国をあらわしている気がします。っておっと、なんだか大きなこと言っちゃったわ!

話が大幅にずれてしまった。そう、そういう時は道に咲いている花に目を向けて「あら、キレイ」ってちょっとつぶやいてみるだけでなんとなく心が晴れてくるような気がするのです。頭がかっかしている時に心で花のきれいさなんて感じられないから、あえて口に出して脳をだましてみるというか。本当にイライラしているときは、難しいですけどね。まだまだ修行です。

やっぱりグルテン向いてないかも

昨日久しぶりに同期の女子とランチをしました。百貨店でやっている催事でパンを仕入れ、食べよう!ということに。もともと、パン大好き人間です。普段控えているから今日くらいはいいか!と食べる口実ができたことにちょっとほっとしながらクロックムッシュとクロワッサンを春の日差しの中でむしゃむしゃ。あぁ~やっぱりパンっておいしいですね。クロワッサンなんて「ナニコレ!」のおいしさですもの。(たぶん「ゴントランシェリエ」)
でも、夜になったらなんだかおなかの調子がおかしい・・ガスが溜まっているような感じがして苦しいし、痛いのです。しかもやたらと疲労感。

もしかしたらたまたまかもしれないけれどグルテンが苦手な体質なのかもしれないと改めて感じたのでした。それに、もしかしたら、こいつが悪さをするかもしれないと思いながら恐る恐る食べるパンは心からおいしく感じられないものですね。
なにしろきちんとパンを食べるのは今年に入って初めて。外ランチのときに提供されたり、パン教室で作ったものをすこし食べたりはするけれど、満腹になるまでパンを食べる機会ってやろうと思わないと意外とないものなんだなぁ。昨年はおやつ代わりに4個入りのロールパンを買って、昼前と夕方にふたつずつ食べたりしていましたから、おそろしいです。(しかも朝ごはんにもトーストを食べた上で。)

パスタもうどんも大好き。でもそれもこの数ヶ月間と同じように、選べるならば別のものを。やむを得ない場合はおいしく頂く、自分なりのルールでいきたいと思います。でもパスタもうどんもドーナツもビスケットも、パンと比べると体調に影響がでないんだよね~なんでだろ!グルテンの問題ではないのか、パンに含まれているグルテンの量が他と比べて多いのか・・

全然関係ないけれど、現在生産されている小麦は遺伝子研究によって大きく品質を変えられているものだそう。だからわたしのように体調に影響が出るのだそうです。

現在の小麦が本物の小麦なら、チンパンジーは人間だと言うようなもの

とは、ウィリアム・デイビス氏の言葉。

しなくていいこと・使わなくていい時間の判断

1日は24時間しかない。
時間が足りない!時間を作るには睡眠時間を減らすしかない。キーッ!…となるのではなくて、最近は「しなくていいことはやらない。やることを減らそう」に思考が変わってきています。
例えば「毎日の服を選ぶ時間」。服を選ぶのが好きで毎日コーディネートを考えたり、服に合うバッグに中身を入れ替えたりするのが好きな人にとっては大事な時間でも、そこまでこだわりのないわたしにとっては「しなくていいこと・使わなくていい時間」でした。だから制服化して正解でした。平日はボトムス3着でまわしているけど問題なし。

ほかにも減らせたのは「週末に掃除をすること」
平日こまめに掃除をして週末の掃除をナシにしよう!という試みです。意外とうまくいっています。週末、旦那さんが起きるまえにあちこち掃除をして起きてくる頃にはもうくたくたで、旦那さんに八つ当たり、という悲しい連鎖もなくなりました。そのおかげでふたりで出かけたりと仲良く過ごす週末が増えました。むふふ

今減らしたいなと思って試行錯誤しているのが「食事の準備に関わる時間」です。
・メインのおかずの食材を制服化
・スープなどは具材をたくさん入れ大鍋に作っておいて(味を変えながら)、最悪これと納豆やとごはんがあれば大丈夫並みの一品にしておく
・日々の食材をこまめに買いに行くのではなく週末にまとめ買い
上二つはうまく行っているけど、休日のまとめ買いにプラスして足りないものを平日にちょこちょこ買い足すので、食費の管理がうまくできず、食費が予算オーバーしてしまうのが最大の問題点・・まとめ買いとなるとひとりでは持ちきれず旦那さんと一緒に行くのですが、そうするとわたしは絶対我慢して買わないようなもの(時間によってはお弁当とか買われてしまう)も買ってしまうからなぁ。むむむ

しなくていいこと探しシリーズ、しばらく自分の中のブームになりそうです。