ちょうどいい毎日をさがす日記

なんだか停滞してるな、他人と比べては落ち込んでばかりだな、ともやもやした空気が立ち込めてた2015年。それを変えようとまずは暮らしをシンプルに整えようと取り組んだ2016年。なんとか現状を変えようと、ちょうどいい毎日、を模索する34歳のブログ。

ミニマリストを目指すわたしのスキンケア

ブログって不思議です。思いを吐き出すって大事なんだなぁ。あまり人に相談しない性格の人は、ブログを書くべし!と思いました。何かが変わったわけではないけど、また今日もちゃんと1日を過ごせている。

さて、今日は彼岸の入りということで正式に秋がやってきます。秋と言えば、お肌の乾燥。ミニマリストになりたいわたしはスキンケアだけはかなりシンプルである自信があります!



1.Acure Organicsのアルガンオイル
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jp.iherb.com

こっくりしたオイル。香りがとてもよくて、うっとりです。
手のひらであたためてそのままパックのように顔を覆います。そのまま数秒間。いいにおい!
1ヶ月に1本目安で使い切ります。



2.Theyersの化粧水(キューカンバー)
jp.iherb.com

Theyersはいろいろな種類を試したけれど、キューカンバー(キュウリ)が一番しっとりする気がします。スプレーのポンプ(?)をつけてスプレー式で使っています。ちゃんとキュウリのにおいがします・・


夏はこの2種類でおしまい。
乾燥する秋冬と春は3も加えます。



3-1.WeledaのSkinFood(夜)
jp.iherb.com


冬はテクスチャーがかなり固くなってしまうのでこちらも手のひらであたためて使います。柑橘系の香りと、乾燥させないぞ!という気概を感じるつけ心地が好きです。



3-2.無印良品の乳液
www.muji.net


SkinFoodはテカッてしまうこともあり、朝はこちらを使います。昨年、冬もオイルと化粧水だけで乗り切ろうとしたけれど顔がどうにもごわごわして耐えられなくなり、こちらを使い始めたところ1日でしっとりしたので今年も使います。


無印良品の乳液以外はiherbで買っています。個人輸入怖いな~と思ったけれど今のところ大きなトラブルもなく(頼んだものが入っていないことは5年くらい使っていて2回くらいありましたが。。でもメールをするだけでカスタマーセンターがすぐに対応してくれます。日本語だし安心。)海外大好きなわたしとしては今後も末永く使い続けたいサイトです。国内サイトや店舗で買うよりも安いというのも多々ありますが・・
(Acure Organicsは3本セットで約2,400円(iherb)→1本1,400円(国内)、Theyers約980円(iherb)→約1,100円(国内 これはあまり変わらないですね)、SkinFoodは約1,600円(iherb)→約2,500円(店舗))。

グルテンフリーのクッキーや、ギラデリのチョコレートも売っているので海外旅行みたいで楽しいです♪

図式

独身(一度も結婚したことがない)、ずっと子どもがいない、というのはものすごくつらい立場にあるのです。
「なんで独身なの?」「理想が高すぎるんじゃない?」「一度は結婚したほうが良いよ!」「ずっとひとりじゃ寂しいよ~」独身ならば一度は耳にしたことがあるであろうこれらのセリフ。これに閉口して早く結婚せねばとようやく結婚したものの今度は「子どもは?」「いないの?なんで?」「早く産んだ方がいいよ~「「旦那さんとふたりきりじゃ老後寂しいよ」・・・

わかっているのです。言ってくる大半はすでにそれを経験したことがある人たちだから、彼らは自分の経験を元に言ってくるだけなのです。それが幸せな経験だから、きっと良かれと思って言ってくれているのでしょう。「あのお店のケーキめちゃくちゃおいしかったよ!絶対食べてみて!」と猛烈にお薦めするのと同じようなものなのでしょう。
経験のない人(独身の上司とか)も世間一般の理論としてその方が幸せだろうから言ってくれているだけなのでしょう。
で、話のネタに言っているだけで、自分の人生になにか大きなことが降りかかったらわたしに子どもがいようがいまいが、その理由に納得できようができまいがすっかり忘れてしまうくらいの重要度に過ぎません。
でも経験していないわたしからしてみると「実際に子どものいる人が言っているのだからきっとそれが幸せな人生というものなのだろう。それに当てはまらないわたしは不幸なのだろう」というのが刷り込まれていきます。いくら「人にはそれぞれの幸せがある。人と比べるな」と言ったって難しいのです。

なぜ難しいのか?「世間一般で言われている普通に当てはまらない=不幸」という図式が自分の中にあるから。この図式から自由になるのが今のわたしの目標です。自由になれる日もあるんですけどね・・がんじがらめになる日もたくさんあります。。「世間一般で言われている普通に当てはまらない=個性」という図式に変わったなら、今よりずっと楽なのに。


涼しくなってきたので秋服の整理を始めました!旅行先で買った服、旦那さんとのはじめてのデートに着ていった服など・・「これまであまり着ていないしこれからもおそらく着ないだろうけど手放せない服」も「選ばないだろう選択肢」が減った生活の快適さに気づいて以来、手放せるようになってきました。

スマートフォンとSNS

小学校の頃の知り合いから「元気?」と突然連絡が来ました。わたしが小学生の時はもちろん携帯なんてないし、電話番号やメールアドレスなんて知らないので、メッセンジャーでメッセージがきたのです。

こういうことがあると、現代ってすごいなー、スマホってすごいなーと思います。一昔前だったら絶対に二度と連絡もつかないし会って、お酒を飲むこともなかったんだろうな。で、久しぶりに会って連絡を取り合ったその携帯で写真をとってFacebookにアップしたりなんかして。

その一方で、多くの時間をスマートフォンの画面の向こう側に吸い取られているような気もします。吸い取られた地球全体の時間がひとつに集まって、もうひとつの宇宙が存在しているんじゃないかっていうSFみたいな世界を想像をしてしまうくらい。
家に家族と一緒にいるのにそれぞれが別々にひとりで画面を見つめて買いものしたり、ニュースを読んだり、動画を見たり。SNSの反応に一喜一憂したり、SNSに載せるために写真を撮ったり。

どのような使い方をしようと、個人の好みだし、個人の勝手なのだけど、そこに他人目線が加わると突然面倒なことになるのではないかなぁと思っています。もはやスマートフォンSNSといっても過言ではない世の中。他人からの反応を気にしだすと自由に使える武器になるはずだったスマートフォンが、徐々に自分を蝕んでいくウイルスみたいになってしまう。覗くたびに増えるウイルスの数が増える。

もしSNSでの他人の反応が気になって気になってしかたがなくて、同時にそれが嫌で嫌でどうしようもない気持ちになっている若者が読んでくれることがあったら「そんなものやめちゃいな!やめたって大丈夫よ!」と言ってあげたい。他人を気にして他人のためにSNSをやめられないのにそれで結局体調が悪くなったりしても、その他人は誰もわたしの体調に責任を負ってくれないのだもの。
自分では投稿しないし、いいね!も押さないから大丈夫。覗くだけだもん、と思っても、結局無意識に自分と他人を比べて苦しくなるのも体験済みなのでそういうタイプの人はスマートフォンからのアプリ削除をおすすめします。

わたしは一切のSNS(LINEは連絡用以外の用途がわかっていない)をやっていません。やったことがないのではなく、3年くらい前にやめました。やめたら知り合いが減るのではないかという危惧が有ると思いますが、その通り。減ります。減りましたがだからってどうということはありません。みんなから「いいね!」をもらえなくたってちゃんと生きています。

どうせ行かなきゃなんないのなら

なにか予定が入ったときは、ちゃんとそれを楽しみにしようと決めました。

本を読むのが大好きで、時間があるならゆっくり本を読みたい。飲みに行くよりも家で好きなだけ本を読んでいたい。北欧ミステリの世界に入り込んでいたい・・面倒な会社の飲み会などであればなおさらです。

でもどんなに抵抗したって予定のある日はやってきます。
それならば、それをちゃんと楽しみにしようと決めました。
近づくにつれて「面倒だなぁ」「行きたくないなぁ」と思いながら過ごす時間がもったいない。

そもそも人付き合いが苦手です。人に会うのは2ヶ月に1回でいいかなーという感じ。家族や親戚など本当に気心の知れている緊張しなくていい相手とは違うんですけどね。よくドラマで頻繁に連絡を取り合う女子たち3人組みたいなのが出てきて、「緊急集合!」みたいな連絡が入っていつものカフェに集まる・・みたいなそういうのに憧れるけど、実際は多分、無理だなぁ。

とはいえ働いているし、実際は1ヶ月に数回、予定が入ることの方が多いです。あまりにも人を避けて生きる覚悟もないですし・・そして行ってみると意外に楽しめることが多いです。

そんなときに「めんどうだなぁ」と思うのと「楽しみ!」と思ってその日を迎えるのとでは気持ちが全然違います。
意識してではあるけど「めんどうだなぁ」と思いそうになったら強制的に「この日は焼肉のお店に行くのだ。おいしいお肉口いっぱいにほおばろう」とか「好きなお酒がありそうだ。その日までお酒は我慢しよう。ふふふ」とか何かしら楽しみにできることを見つけて「楽しみだ」と思うようにしています。

意外と効果はてきめんです。

2017年夏の服振り返り(トップス)

去年の夏って何着てたっけ・・?と毎年同じ質問を繰り返すので、来年のために今年着ていた夏服の記録。ここに載っていないのに持っている服はつまり、なくても大丈夫ということなので処分しようと思います。来年こそ着るぞと毎年捨てられないオフショルダーのトップスを処分するときがやってきた!

よく季節の前に制服を決める方のブログを拝見して、そういうスタイルを真似っこしたいなぁと思うのですが、その季節の真っ只中に自分の気持ちが変わることもよくあるし、今年のように夏服真っ盛りの時期に雨ばかりということもあるだろうし、振り返りをしつつ、もう着ないものは随時処分するのが自分にあったやり方かもしれないと思っています。

一度に全部の写真を撮るのは大変なのでまずはトップス編。
主に下5枚の半そでを平日も休日もよく着ました。ミニマリストならばこの5枚でいくところなのだろうけど、時々はやっぱり違った雰囲気を着たいので袖を通した回数は少ないけれど他のものもやっぱり大事な夏服メンバーです。
ギンガムチェックのシャツは、襟が大きめの形で、もう年齢に合わないかなーと鏡とにらめっこしていたら旦那さんが「さわやかでかわいいね!」と言って通り過ぎたので今年も着ました。似合う年齢でこれでもかというほど愛用したので来年こそ着れなくなっていても悔いはないのだ。好きな服はもったいながらずにその時に着倒すのが本当に大事だなーと思うのでした。

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裁かない。

『ゆるすということ―もう、過去にはとらわれない (ジェラルド・G. ジャンポルスキー著)』を読んでいます。

ゆるせない人、います。その代表がちょこちょこ登場している最低な元彼氏。別れるもっと何年も前に見限れたはずだったのに別れられなかった幼い自分。ゆるせない人、ゆるせないことを実際に紙に書き出してみたら大きいものも、小さいものも、結構たくさん出てきました。「誰に見せるわけでもない秘密のリストなのだから正直に書きなさいね」って自分に言い聞かせてみると出るものですね。

そもそも「ゆるす」というのがどんな状態なのかがずっとわからなくて悩んできました。どんな心の状態が「ゆるした」にあたるのかがわからない。それでこの本を手に取ったわけなのです

この本から学んだこと。
それは「裁かない」ということ。
やるべきだと思っているのにできない自分、理想通りにいかない自分。自分の常識ではありえないようなことをするまわりの人。そういったことが起きるたびに自分や旦那さん、同僚、通りすがりの人、、たくさんの人や出来事を裁いてきたことに気づきました。

裁かないということはつまり、現状をただそのまま受け入れるということだと思います。

自分の価値観や常識と違うことが起こったときにむっとしてしまうものです。むっとしているその状態こそが「裁いている」のだと思います。こんなことも実現できない自分は誰にも愛されないの刑に処す!こんなことをわたしにやってくる奴は罵詈雑言を浴びせるの刑に処す!といった具合に。
裁かない、というのは、「そうかそうか、これができなかったか」「そうかそうか、こういうことをする人もいるのね」と思うだけ。その出来事が起きた地点にその出来事は置き去りにして、現在までわざわざ持ってこないようなイメージです。それ以上追わないでいると不思議と怒りも沸かないものだと気づきました。

学生時代につきあい始めた初めての彼氏とは、大学卒業と同時に海外との遠距離恋愛になった挙句、シェアハウスをしていた何人かのうちの一人と浮気され、社会人3年目ぐらいに別れました。遠距離恋愛の間中、旅費を貯め、会いに行った時は学生の彼の分も全てお金を払い、彼との将来のためにと一生懸命頑張っていたのに結局手近なところで浮気をされたことがショックで今でも怒りが沸いてくるし、不幸になればいいのにと思ってしまう。そんな最低な奴と、最低な奴だとわかっていたのに(浮気は初犯ではなかったので)何年もつきあってしまった自分も許せない。

けれどもう裁くのをやめました。

裁くのをやめたら、過去に起きたことは起きたことで、なんだか過去に荷物は全部置いてきたような気分になりました。今まであの重荷を一生懸命10年以上も背負って歩いてきたんだなぁ・・という感じなのです。


ゆるすということ―もう、過去にはとらわれない (サンマーク文庫)

ゆるすということ―もう、過去にはとらわれない (サンマーク文庫)

新聞を片付ける

新聞は新聞屋さんから届くストック袋を玄関横のウォークインクロゼット(ウォークインできるほど広くはない)に置いてそこにためるようにしています。捨てるのは毎月1回、古紙回収の日です。

毎日届く新聞。読めない日は当然あって、明日読もう、とソファのサイドテーブルへ置いておく。でも次の日も読めなくて、その次の日はようやく読めたけど過去の分までは読めなくてだからといって一度も開いていないのに捨てるのはもったいないからと一生読まないことはわかっているのに捨てられなくて置いておく・・こんなことを繰り返しているとあっという間にサイドテーブルがぐちゃぐちゃになります。あとは、この記事面白いから旦那さんに見せてから捨てようと思って置いておいたり。ただ単に玄関まで持っていくのがめんどくさくて置きっぱなしのことも多々あり。

この週末、一念発起して「新聞は毎日ちゃんと捨てる」と決めました。こんな小さなことで一念発起って・・シンプルな暮らしを目指しているものとして恥ずかしいけど(笑)
読んでも読まなくてもその日の新聞はその日のうちにストック袋へ。小さな小さな行動だけど新聞が乱雑に置いてないって気持ちいいです。読んでない新聞を見ると感じる僅かな罪悪感を感じなくなるって気持ちいいです。