ちょうどいい毎日をさがす日記

なんだか停滞してるな、他人と比べては落ち込んでばかりだな、ともやもやした空気が立ち込めてた2015年。それを変えようとまずは暮らしをシンプルに整えようと取り組んだ2016年。なんとか現状を変えようと、ちょうどいい毎日、を模索する34歳のブログ。

正義が勝つはずなのに。

小林麻央さんが亡くなりました。かわいい女性だなとは思っていたけれど特別彼女のファンというわけでもないし、ブログも何回か覗いたことしかありません。けれど、それでも大きなショックを受けました。わたしでさえこうなのだから、ご家族や彼女のブログに支えられていた人たちの悲しみと喪失感は計り知れないことと思います。
美しく、気丈で、強くて、やさしい女性。だから絶対にいつか報われて、元気になると勝手に信じていた。正義は勝つというところを見せてほしかった。
比べるなんておこがましいし、間違っているかもしれないけど、日々を、日常を、懸命に生きている同世代の女性として無意識に心の拠りどころにしていたのだと思います。

政策秘書にとんでもない暴言を吐いて、暴力を奮ったあの胸クソ悪くなるような(失礼!)女性議員が元気で、小林麻央さんの命がなくなるとはいったい全体どういうことなのか。理不尽だ。(議員が生きていることが理不尽なのではなくて、麻央さんが元気にならなかったことが)

舌の根も乾かぬうちにお買いもの。

おお!5・7・5!

昨日季節が逆の服は~云々書いたくせに、お買いものしてしまいました!
昨年の冬にはじめて見たときから、ずーっとほしかったニット。正直、お値段相応の素材ですし(アクリル)とても「これからずっと大事にします!」という服ではなくて、シンプルじゃないライフなのが恐縮ですが・・半年経ってもほしいなんてこれは逃したら公開するほうの買いものだ!・・だといいな。。

TITIVATEフリンジラグランスリーブトップス
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※画像はお借りしています。

好みには一貫性があるんだなぁ

3月にはインナーにヒートテックを着て、そして今はノースリーブで、週一(もしかしたら週二)着ているこの春の制服とほぼ同じテイスト。好みってやっぱり一貫しているものなんだなぁ。自分のこと雑食だと思っていたので意外でした。よっぽど気に入らなければネットでは服を買わないことにしているので、そもそも買ったという行為自体で気に入り度がわかります。袖や裾にちょっとラブリーなリボンやフリルの飾りがついた服が好きです。

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※画像はお借りしています。

冒険はしない

歳のせいか暗い色が似合わなくなってきました。そこで、杢グレーやオフホワイト、ベージュや薄いピンクなどを選ぶことが多いのですが今回買ったニットには色違いでキャメルもありました。キャメルの服は一着も持っていませんが、人が着ているのを見るとなんだか大人っぽくていいなと感じることがあります。色黒なので多分わたしには似合わない・・!いやいや2000円で試せるなら買ってみなよ!と脳内で会議を繰り広げた結果、「普段手に取らない色をネットで買うのはダメ」という冷静で最もな意見に従い、最もなじみのあるベージュとグレーを購入しました。(でも2着だけど!笑)
一昨年だったら絶対に一着はキャメルにしていただろうな。。大人になったな、わたし。

長く着れそうな服じゃなくても、品質にすこし疑問があっても、時々は、こういう「これかわいい!着たい!一冬だけでもいい!」と思うものを買ってもよいのではないか・・と思います。今日は。

GLADDで買いました。
gladd.jp


gladd.jp
↑新規登録で3000円分のクーポンがもらえます!(わたしも1000円もらえてしまいます)

季節が真逆の服を買う。

昔から好きな、買いものの仕方で「冬のものを夏に買う」というのがあります。アウトレットやファミリーセールなどに出かけると夏ならば冬物をお得に手に入れるチャンスに遭遇したりします。そういえば今持っているJoutsen(ヨーツェン)のダウンコートもTATRASのインナーダウンも、真夏に安くなっているところに偶然出会い手に入れることができました。もちろん毎年必ずそういったものに出会えるわけではないので運なのですが・・

失敗するとき

おしゃれ本や好きなブログなどで見かけて憧れを持ったブランドのものは、一瞬で欲しい熱が最高潮に高まり、「もうこの値段でこれは買えないかもしれない・・」「この値段でこれが試せるのならば失敗してもいいのではないか・・」という悪魔の囁きが聞こえて買ってしまうとき。
そういうものは大抵「そのブランドだから欲しい」という煩悩丸出し状態なので自分の生活に合わず、活躍させられない。真逆の季節にセール品になっているだけあって、ちょっとデザインが変わっているような場合も多い。手放そうにも惜しくて手放せないので、最初から買わないのが正解。

成功するとき

もともとその季節のときに欲しいと思っていたけれど、思い通りのものが見つからなくて買えないでいたとき。条件も細かく決まっていてこういうものに出会ったら絶対に買おう、と思っているものならば買って正解。

冬物が大好きな私には危険な季節。気をつけなければ。

やると決めたことをやろう、と思う

大きな難しいことじゃなくて、小さくてただちょっと面倒なこと。
・50円のはがきにつける差額の切手を買いに行く
・期限の切れたファミリーセールのお知らせはがきを処分する
・開けてからだいぶ経ってもう食べられないジャムを捨てる

どれもやればすぐに終わることなのに、やったところで掃除と違って達成感が得られないから動くのが面倒くさい。特別に期限がないし、もし期限を過ぎたとしても大きな影響がないから先延ばしにしてしまう。でもそれらを、やろうと思ったその時その日に全部片付けられたらどんなにすがすがしい気持ちで毎日を終えられるだろうと思うのです。

よし、がんばろう。やってみよう。

モノの値段

最近よくモノの値段について考えます。
例えば車。車を自分で作ろうと思ったら、原理を学んであらゆる部品を集めて組み立てないといけない。
わたしの大好きな曲げわっぱ。木を切り出すところから始めなくちゃいけない。
歩きやすい靴。自分の足に合う木型をごりごり掘らなきゃなんない。革を切ったり縫ったり、その前に素敵なデザインを考えなくちゃならないし!
食べ物も同じ。肉や魚を食べたいなら自分で捕まえに行ってさばかなきゃいけないし、野菜も苗から育てなきゃ食べられない。
飲み物なんて水汲みから・・!?恐ろしい・・
だから世の中のたいていのモノはちゃんと価値と値段が釣り合っているんじゃないかなーと思うのです。

でも世の中にはまったく釣り合っていないものももちろんある。身近にあるものでその代表が服だと思っています。自分は何がほしいのか、何にならばお金を払えるのか、何に価値を覚えるのか。きちんと考えておかないと、とんでもないものにお金を使うことになってしまう。企業や広告に踊らされて買いものをすることほど無駄なことはないと思うのです。

ハイヒールには魔法がある

※順当にいけば、「死蔵品を捨てたよ!」という話になるはずなんですけども、「モノが増えたよ」という話です。

神対応の店長さんに出会う

封印していたキレイ目な靴を探しに、久しぶりにアウトレットへ行き、そこで崩したタキシードみたいなものすごく個性的な服装をした男性の店長さんに接客していただきました。
その店長さんが猛烈に進めてくれた一足のハイヒールがありました。「僕、自分でもこれ履いて接客してたんですけどね、14時間くらい立っていても全然痛くならないんですよ。お客様も外反母趾がありますが、これは体重がきちんとかかとに来るように設計されているとてもいい木型なので絶対に大丈夫だと思いますよ。本当にいい靴だし信頼できるブランドなんです。」男性なのにハイヒール!?ヒールが高めの靴は全部脳内フィルタでスルーしていましたが、熱意に押されて履いてみたら不思議なことに本当にぴったり。感動している様子を見て喜んでくれたのか、もう一足今度はメダリオンシューズを薦めてくださり、結局二足とも購入してしまいました。
わたしが選んだ靴も何足か試着しましたが、そのたびに一見ぴったりに見えても「ここがこうだからここが痛くなると思いますよ」と、ただ履いた足を触って「ぴったりですね」とか「ここに適度な余裕があるので大丈夫ですね」とお仕着せのチェックをするのではありません。ちゃんと見てくれる店長さんを信頼して買いものをしました。彼に接客されて買わないでいられるお客さんはいないに違いない・・
2足合計で19,000円。神様に対応してもらったにしては安すぎる値段でした。(※アウトレットです)

カジュアルじゃない靴を履きたい!

わたしはひどい外反母趾で、結婚してからはずっと平日も休日もヒールのないフラットシューズかスニーカー一択でした。フラットシューズならば何でもよいわけではなく、先が細くなっているポインテッドトゥやアーモンドトゥは×で、そうやってどんどん選択肢を消去していった結果ものすごくカジュアルなものしか履けなくなってしまいました。
独身時代に金額の大小に関わらず散々ハイヒールを買ってきて、いったい何足を無駄にしたかわかりません・・ハイヒールそのものがそもそも大好きだし、痛くて履けないだけで痛んではいないので捨てるわけにもいかず・・実家では「イメルダ婦人」と呼ばれていました笑

そんなわたしですが、4月の異動でカジュアルな靴が合わない部署へ配属となってしまいました。普通にスニーカーを履いている人もいてNGではないのですが、なんとなく気後れして自信を持って仕事ができなくなってしまったのですよね。もしかしたらすぐに退職するかもしれないし、靴の数を増やしたくないし、今までの人生でこれだけ靴を無駄にしてきたのだし、と2ヶ月間騙し騙し来ましたが、とうとう我慢できず、きれい目の靴を買うことに決めたのでした。

<条件>
・ヒールがほしい!でも数年ぶりなので3cmくらいまで
・ストラップがついていて足首が固定できる
・ポインテッドトゥ希望
・予算は5,000円くらいで、安っぽく見えない
予算が低いのは、どの靴を買ってもどうせ痛くて長く愛せる一足を手に入れるのはこれまでの経験上無理なので、主にこの「きれい目な靴がほしい病」をどうにか治めるためというのが大きな目的だったからです。

予算は決まっていましたがもし良いものがあればという気持ちでファストファッション系からデパートまで短い時間でかなりの数を見て回りました。が、当然安いものは安く見えるし、ちょっと見た目が気に入ると質はいまいちでもあっという間に1万円超・・そんなわけで週末に小さなアウトレットへ出かけることにしたのでした。

ハイヒールには魔法がある

ハイヒールを履いてみて、まず自分の姿勢が変わるのに驚きます。背筋が伸びて自然と気持ちまでしゃんとするようです。気持ちがしゃんとすると自分にも自信が持てるから不思議です。楽なほうへ楽なほうへと流れていた最近の自分は、よくなかったなと反省しています。楽なほうへ流れると止まらなくなります。履いていて疲れない靴、ウエストゴムのパンツ、ゆるっとしたトップス。楽であることは悪ではないし大好きだけれど、意思のある「楽」をしなければならないなと思います。


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この木型が買ったものに近いのではないかなぁ。ヒールが後ろにつきすぎていないのが、重心をかかと全体で受けられるポイントなのだそうです。

使っていないモノを捨てる(捨てたい)

「死蔵品」と呼ぶらしいですね・・使っていないモノ。昨年からモノを整理してきて、どんな状況になっているかと申しますと、実はうち、外はスッキリ内はびっしり、なのです。死蔵品、めっちゃあります。涙

今、小池龍之介さんの『考えない練習』を読んでいます。「捨てるかどうか決められないので、とりあえず今日は引き出しの奥にしまっておいて、次出てきたときに決めよう。とすることがある。普段はそのモノの存在も忘れてしまっているつもりだけれど実際はそのようなことはなく自分でも意識しないうちにそのモノのことを考えてしまっていて、その結果思考が乱れて集中すべきことに集中できない」ということが書いてありました。我が家はそんなに広くもないのでそもそも「忘れる」こともできず、何かを収納場所から取り出すたびに「次回こそ捨てよう!そうしよう、次回こそ!」と1日に何度も何度も思っていることになります。なんて精神的に良くないことをしているんだろうか・・

お土産でもらったものの好みじゃなくて手をつけていないお菓子、景品でもらったどう考えても使うことのないだろうボディソープ、100均で買ってしまった便利グッズ(新品)、安くなっていた好きなメーカーの固形石鹸、コストコで大量買いしたものの生活が変わって途中で食べなくなったレトルトのお味噌汁、もう使わないと決めたにも関わらずなぜか捨てられなかったキッチンマット・・賞味期限が来ていなかったり新品やまだキレイで捨てるには忍びないと言う理由で残されたものが収納場所にびっしり入っています。。がーん

家に入った瞬間は、あ、モノが少ないなと思うのですが、なんとなーく圧迫感というかスッキリしない空気を感じていて、これは一応収まってはいるけれども使われていない死蔵品が発するものではないかと思い至ったのであります。

さっそく一昨日から上記にあげたものはすべて捨てるか、譲れそうなものは脇によけておく、ということをしました。恥ずかしいことに「判定はまた次回」とまたも先送りにしてしまったものが早速あるので『考えない練習』を思い出しつつ週末にまた捨てていきたいと思います。理想はすべての収納場所の一番上の棚が空いている状態!


小池龍之介さんの本はとてもわかりやすい言葉で書かれてあって、えぇ~僧侶なのにそんな風に思っちゃうんだ!?なら凡人のわたしがそう思っちゃっても仕方ないよね~と、自己啓発系の本にありがちな読んでいるだけで「なぜか自慢/説教されてる気分になる」ことがないので、好きです。

考えない練習 (小学館文庫)

考えない練習 (小学館文庫)