ちょうどいい毎日をさがす日記

なんだか停滞してるな、他人と比べては落ち込んでばかりだな、ともやもやした空気が立ち込めてた2015年。それを変えようとまずは暮らしをシンプルに整えようと取り組んだ2016年。なんとか現状を変えようと、ちょうどいい毎日、を模索する34歳のブログ。

ブラトップ反対派が陥落した夏。

ブラトップ、楽だしいいよ!ってよく聞きます。だけど「わたしはそんなことはしないわ!楽をするよりも女性としてきちんと下着をつけるべき!」とかたくなに主義を貫いてきました。が、「洗濯も楽だよ~」という友人の言葉で俄然気になってユニクロに行っては手に取りやっぱり決め切れなくて棚に戻す、ということを何回もしました。ゴールデンウィークのときに2枚2500円と安くなっていたときが一番誘惑に負けそうだったなー。この価格ならダメでもお試しってことでいいじゃない?って。でもやっぱり素材や丈の感じに迷いがあって、納得のいく品質のものに出会ったら買う!と決めて我慢してきました(断固下着をつけるのが主義だったはずなのに結構あっさり覆ってる笑)
一番惹かれたのは洗濯物が減るという点です。下着もつけてさらにタンクトップを着ると2枚、でもブラトップなら1枚。微々たる差のようで主婦にとっては大きなことです。

我慢すること2ヵ月。先日ついに、何度かブログに登場しているGLADDで発見してしまいました。ジャーナルスタンダード、日本製。素材はテンセル95%・ポリウレタン5%。2枚購入しました。
テンセルなのでなめらかな着心地で、ポリウレタンが少し入っているので伸びもあります。

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画像はお借りしています。

着てみた感想

本当にすばらしい発明!期待していた洗濯物の数よりも、着用したときの爽快感に驚きました。軽やかな感じ。特に夏は、下着によるしめつけによる暑苦しさや、下着の上にもう一枚タンクトップやキャミソールを着ることによる暑さの倍増(でも着ないと電車内や社内はクーラーの風がすーすーして寒い)から解放されました!!しかもブラ紐が見えてしまうという大人にとっては恥ずかしい出来事とも無縁です。
もっと早く試してみればよかったとちょっと思いましたが、素材も手触りもやっぱり妥協できないポイントなので、理想のものに出会えるまで待ってよかった、と思うのでした。
この夏は頼りっぱなしになりそうです。ずっとこればかりだと垂れてくるという話なので涼しくなったら、通常の下着運用に戻るつもりです。戻れるかな・・心配。

本当に気に入ったものだけを買おう

憧れている人のブログで紹介されているもの。好きな雑誌で特集されているもの。ちょっといいなと思っているものが安くなっているのを発見してしまったとき。

ほしくてほしくて仕方がなくて、手に入れるまでそわそわして、ものすごい執念をもって手に入れていた時期が何年もありました。長く続いた遠距離恋愛が、相手の浮気で破綻して旅費を貯金しなくてもよくなってから結婚するまで、いや一昨年までかな・・それにしても死に物狂いで旅費を貯めていた遠距離恋愛が相手の浮気で終わるって・・サイテー笑
「恨んでいる相手のことも許しなさい、恨む気持ちを手放しなさい」とかよく言われるけど無理です。もう10年くらい経っていて、多分相手は時効だと思っているだろうけど、思いだすと自然と怒りが沸いてきて彼の不幸を願ってしまう・・恨む気持ちを手放せば、これから先の未来に何の影響も及ぼさない彼のことでこんな嫌な気持ちになることもなく楽になれるのはわかっているんですけどね。

話がそれてしまった。

なんていうか、熱にうなされてるみたいな感じなんですよね。手に入れると、すーっと気持ちよくなる。(やばい笑)幸いなことにブランド品には走らずにすみましたが、お手ごろ価格の散財は散々やりました。いつもとちょっと雰囲気の違うデザインのトップスとか、少し冒険した深いスリットの入ったスカートとか。「ここがちょっと気に入らないな」と思っても「でもセールだし」と買っていたな。しかも買っても買ってもほしいものがなくならなくて、買うための口実を探していました。

結局、その頃本当に気に入って買ったわけじゃない「まあまあ」のものたちは今手元にありません。

その「まあまあ」のものを買わないようにするには訓練が必要です。それが1万円でも500円でも同じだと思います。「本当に気に入ったものしか買わない」と決めるといかに多くのものが自分のものにならずに棚に戻されることか、驚きます。特に1万円以上のものは「わたしはまあまあのものじゃないのよ。つん」と澄ました顔をしているから余計に注意が必要です。・・自戒を込めて。

つきあいたくない人。

無理に人付き合いをしなくてもいいかな、と思うようになってきました。もっと若い頃は、苦手な人がいても仲間うちで起きている出来事を自分だけが知らないのが嫌で(この時点ですでに考え方が幼いです)飲み会に参加することもありました。

無理に付き合いたくないのは、どんな価値観を持っても人それぞれのはずである事柄に対して、合わないことを言われると自分の価値観を押し付けてくる人。例えば「結婚しないの?」と聞かれて現実はどうであれ(例えばひどい振られ方をして傷ついているとか)「うーん、わたしは結婚に向いてないと思うから、今はいいかな」と答えるとします。そうすると「えー!なんでなんで?なんで?結婚楽しいよ!結婚しなよ!絶対した方がいいよ!もういい歳なんだし!親も心配してるよ?親孝行しないと!」とものすごい勢いで迫ってくる人。うまく流せればいいのですが、わたしも未熟なので真に受けてしまい「したほうがいいことができないわたし。いい歳なのにできないわたし。親孝行できていないわたし・・ダメな人間なんだ・・」とどーんと落ちて卑屈になってしまうのです。だからもう、そういう人がいるとわかっている場には行かないことに決めました。決めてしまうと不思議なもので、行ったほうがいいかなぁとぐずぐず悩むこともなくなりました。誘われても「ごめんね、その日は予定があって」と断ればよい。大人数の飲み会ならばそうできるけど、難しいのは少人数の仲間の場合・・その場合は諦めて徐々に離れることにしています。離れても、その仲間内の中の本当に気の合う人とは連絡を取り続けるし、もし全員と途切れてしまったならば、あぁあの頃の自分とは合っていたけれど何かが変わって今の自分とは合わなくなってしまったのね、と思えばよいのだと思います。

わたし自身の価値観に合わないこともたまには言ってもらわないと精神が怠けるんじゃないかとか思っていたこともありましたが(なぜ、そこにそんなにストイック!?笑)あえて自分の気持ちを害することなんてなくて、守ってあげても良いと思います。もちろん、どんな価値観を持っても人それぞれのはずである事柄に対して、ですが。

心に留めておきたい言葉⑪

なぜなら、病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないからです。

小林麻央さんの言葉です。

今までいくつもの自分を救う言葉を集めてきて、どれもその時のわたしを救ってくれましたが、この言葉は、別格でした。ものすごい衝撃を感じてしまった。もちろん、彼女の背景を知っているからそのような衝撃を感じたというのも否めないとは思います。(ごめんなさい)
人は自分に何か不幸なことが起こったとき、それが自分の人生の全てのように感じてしまうものだと思います。自分の全てだから、どうしても他人と比べずにはいられない。他人は他人、自分は自分だとわかっているし、自分が何か悪いことをしたせいでそのようになっているのではないこともわかっている。けど、どうしても比べずにいられない。過去の自分を振り返って、あれが悪かったのかあのときあちらの選択をしていればこうなっていなかったんじゃないか、などと考えてしまうのを止められない。他の人に言われた小さなことで毎日傷ついて疲弊してしまう。春が来て、花が咲いてカラフルなはずの人生なのに、ずっと寒くて暗い真冬の2月の空みたいに白黒の世界にいるみたいに感じてしまう。

わたし個人のことでは、子どもがいないことがそのことにあたります。ほしかった、でもできなかった。普段自覚していない心の奥の方でこのことが膜を張っていました。でも、小林麻央さんのこの言葉を、先日初めてニュースで聞いて、涙が出ました。同じ立場ではないから、とても高慢かもしれないけれど、そう綴った小林麻央さんの気持ちが、わかりました。同時に、このままではわたしの人生を代表する出来事が「子どもがいないこと」になってしまうとも思ったのです。
「色どり豊かな人生」にするか、しないか、自分の責任で決めなくては。「色どり豊か」な人生にするためにこつこつ努力を重ねなくては。そう思います。

正義が勝つはずなのに。

小林麻央さんが亡くなりました。かわいい女性だなとは思っていたけれど特別彼女のファンというわけでもないし、ブログも何回か覗いたことしかありません。けれど、それでも大きなショックを受けました。わたしでさえこうなのだから、ご家族や彼女のブログに支えられていた人たちの悲しみと喪失感は計り知れないことと思います。
美しく、気丈で、強くて、やさしい女性。だから絶対にいつか報われて、元気になると勝手に信じていた。正義は勝つというところを見せてほしかった。
比べるなんておこがましいし、間違っているかもしれないけど、日々を、日常を、懸命に生きている同世代の女性として無意識に心の拠りどころにしていたのだと思います。

政策秘書にとんでもない暴言を吐いて、暴力を奮ったあの胸クソ悪くなるような(失礼!)女性議員が元気で、小林麻央さんの命がなくなるとはいったい全体どういうことなのか。理不尽だ。(議員が生きていることが理不尽なのではなくて、麻央さんが元気にならなかったことが)

舌の根も乾かぬうちにお買いもの。

おお!5・7・5!

昨日季節が逆の服は~云々書いたくせに、お買いものしてしまいました!
昨年の冬にはじめて見たときから、ずーっとほしかったニット。正直、お値段相応の素材ですし(アクリル)とても「これからずっと大事にします!」という服ではなくて、シンプルじゃないライフなのが恐縮ですが・・半年経ってもほしいなんてこれは逃したら公開するほうの買いものだ!・・だといいな。。

TITIVATEフリンジラグランスリーブトップス
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※画像はお借りしています。

好みには一貫性があるんだなぁ

3月にはインナーにヒートテックを着て、そして今はノースリーブで、週一(もしかしたら週二)着ているこの春の制服とほぼ同じテイスト。好みってやっぱり一貫しているものなんだなぁ。自分のこと雑食だと思っていたので意外でした。よっぽど気に入らなければネットでは服を買わないことにしているので、そもそも買ったという行為自体で気に入り度がわかります。袖や裾にちょっとラブリーなリボンやフリルの飾りがついた服が好きです。

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※画像はお借りしています。

冒険はしない

歳のせいか暗い色が似合わなくなってきました。そこで、杢グレーやオフホワイト、ベージュや薄いピンクなどを選ぶことが多いのですが今回買ったニットには色違いでキャメルもありました。キャメルの服は一着も持っていませんが、人が着ているのを見るとなんだか大人っぽくていいなと感じることがあります。色黒なので多分わたしには似合わない・・!いやいや2000円で試せるなら買ってみなよ!と脳内で会議を繰り広げた結果、「普段手に取らない色をネットで買うのはダメ」という冷静で最もな意見に従い、最もなじみのあるベージュとグレーを購入しました。(でも2着だけど!笑)
一昨年だったら絶対に一着はキャメルにしていただろうな。。大人になったな、わたし。

長く着れそうな服じゃなくても、品質にすこし疑問があっても、時々は、こういう「これかわいい!着たい!一冬だけでもいい!」と思うものを買ってもよいのではないか・・と思います。今日は。

GLADDで買いました。
gladd.jp


gladd.jp
↑新規登録で3000円分のクーポンがもらえます!(わたしも1000円もらえてしまいます)

季節が真逆の服を買う。

昔から好きな、買いものの仕方で「冬のものを夏に買う」というのがあります。アウトレットやファミリーセールなどに出かけると夏ならば冬物をお得に手に入れるチャンスに遭遇したりします。そういえば今持っているJoutsen(ヨーツェン)のダウンコートもTATRASのインナーダウンも、真夏に安くなっているところに偶然出会い手に入れることができました。もちろん毎年必ずそういったものに出会えるわけではないので運なのですが・・

失敗するとき

おしゃれ本や好きなブログなどで見かけて憧れを持ったブランドのものは、一瞬で欲しい熱が最高潮に高まり、「もうこの値段でこれは買えないかもしれない・・」「この値段でこれが試せるのならば失敗してもいいのではないか・・」という悪魔の囁きが聞こえて買ってしまうとき。
そういうものは大抵「そのブランドだから欲しい」という煩悩丸出し状態なので自分の生活に合わず、活躍させられない。真逆の季節にセール品になっているだけあって、ちょっとデザインが変わっているような場合も多い。手放そうにも惜しくて手放せないので、最初から買わないのが正解。

成功するとき

もともとその季節のときに欲しいと思っていたけれど、思い通りのものが見つからなくて買えないでいたとき。条件も細かく決まっていてこういうものに出会ったら絶対に買おう、と思っているものならば買って正解。

冬物が大好きな私には危険な季節。気をつけなければ。