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ちょうどいい毎日をさがす日記

なんだか停滞してるな、他人と比べては落ち込んでばかりだな、ともやもやした空気が立ち込めてた2015年。それを変えようとまずは暮らしをシンプルに整えようと取り組んだ2016年。なんとか現状を変えようと、ちょうどいい毎日、を模索する34歳のブログ。

「こうあるべき」を手放したい

今日はちょっと暗いことを書きます。

モノを手放し始めて、昨年感じていたもやもやが少し晴れてきました。
それでも、なんとなく調子が悪いときはやっぱりもやもや苦しい気持ちになることもある。
こんなにがんばってるのにどうして報われないの?と涙が出てくる時もあります。

それは「こうあるべき」にがんじがらめになっているから、と気づきました。

私の「こうあるべき」は結構あります。
・朝は主人に合わせてコーヒーで一日を始めるべき(たとえその日は紅茶が飲みたくても!)
・夜は12時前に寝るべき(12時過ぎるとそわそわ)
・洗濯は2日に1回はやるべき(2人暮らしなので3日に1回でも4日に1回でも実は平気だけど)
・シーツは最低でも一週間に1回洗い、晴れた休日は布団を干すべき(お日様もったいない!)
・休日を有効に使うために、早起きして朝食前に掃除をすべて済ませておくべき(さわやかな部屋で食事を!)
・結婚したら子どもを持ち、育てるべき
・外食はせず家で食事をし、栄養のコントロールと節約をすべき
・夫婦たるもの協力しあうべき(でしょ?)
・休日は夫婦で同じことを楽しむ時間を持つべき(だって夫婦だし) ・・・

ちょっと思いつくだけでもこんなにあります。考えればもっとあります。
読んだだけで息が詰まりますよね。こんな奴とは私は暮らしたくない笑

この数十個はあるだろう「こうあるべき」を達成するとどうなるっていうんだい?私よ。
そこに幸せがあるはず。たぶん。

私の「こうあるべき」は実家の両親を見て作られてきたものがほとんどです。
結婚して子どもを持ち、家を買い、母は専業主婦で父は最初に就職した会社を勤め上げ、途中大きな喧嘩が何度かあったけれど今は2人でリタイア生活を楽しんでいます。
ほかに比べようもないので、私は両親がお手本です。同じようにやれば、いつか私も同じような暮らしができる、と滑稽ですが信じています。
でも両親とは違う時代で生活している私はどうしても同じにできない。
そもそも平日は朝7時半に家を出て帰りは20時過ぎの私がすべてに「済」チェックを入れるには物理的に時間が足りないんです。
「済」チェックを入れれば幸せになるはずなのに、入れようとすればするほど精神的に余裕がなくなって主人とも険悪になったりします。


これぞ本末転倒。


「こうあるべきリスト」を飾る項目を一つずつ手放して、心もシンプルになろう、と今日心に決めたのでした。