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ちょうどいい毎日をさがす日記

なんだか停滞してるな、他人と比べては落ち込んでばかりだな、ともやもやした空気が立ち込めてた2015年。それを変えようとまずは暮らしをシンプルに整えようと取り組んだ2016年。なんとか現状を変えようと、ちょうどいい毎日、を模索する34歳のブログ。

コピーしても幸せになれないわけ

わたしの生活 手に入れたもの 手放したもの

今年に入ってから自分が変わったな、
と思うところはたくさんありますが一番大きな変化は、
憧れの人の影響を受けてコピーしようとしなくなったことだと思います。

私は人に影響を受けやすく、理想の生活を送っている(と思われる)人に
少しでも近づきたいと思うあまり自分の趣味や思考まで
変えようとすることがありました。

普段つきあいがあるような身近な人(例えば同僚)に対しては
そのような強い憧れを持つことはありませんが、
(本当にプライベートな面までは見えなかったり、
逆に見えすぎたりするため、自分が見ているその人の部分全部が
イコールその人ではないとわかっているため)
ブログやスタイリストさんの本などは
その人の持ち物や普段の生活の場まで垣間見えるので
まるで全部を見ているような気がして
憧れやすくなるような気がします。

こういう服を着て、こういうモノを持って、こういう生活をすればきっと私も、、
なんて安易というかなんというか。。
自分の好みと違うのにハイブランドのバッグを買おうとしたこともあります。

どうしてこういう思考になってしまうかというと、
自分に自信がなかったからだと思います。
輝いて見えるあの人に近づけば私も自信がついて輝けるのではないか、
そのための近道として「真似しよう」という意識が働いていたのだと思います。

でも、自分で選んでいないし考えていないから
当然のことながら効果なんてありません。

○○さんがAがいいと言っていたからという理由で
よく考えもせずAを買う
→使いこなせない・よさがいまいちわからない
→使いこなせない私はやっぱり輝けないと落ち込む

という負のループにはまっていたようにも思います。

憧れの人・目標があるのは良いことだとは今も思いますが、
自分で選び、考える力があってこそ。

○○さんの私史上最高シャツはこれらしい
→どういうブランドなんだろう?何でできているんだろう?お手入れは?
そもそも私に似合う?生活に合う?
たとえシャツ1枚でも、いろんなことを調べていろんなことを考えて
言われるがままに、ではなく、
考えそして選ぶ、ということをしないと幸せにはなれない。

考えて選ぶことを積み重ねると、
今の生活は自分のものである、という意識が高まる気がします。
誰かの真似ではなく、自分で一生懸命考えて「良い!」と思う生活。

もちろんすべてに一気に「マル」がつくわけではありません。
いいと思ったのに意外と心地よくなかったり
一緒に住む旦那さんにとってはよくなかったり。
「サンカク」や「バツ」がついてしまったら、また考えて「花マル」に近づける。
そうしていくことで、自分自身に自信がつき、
幸せがついてくるのではないかな、と思います。