ちょうどいい毎日をさがす日記

なんだか停滞してるな、他人と比べては落ち込んでばかりだな、ともやもやした空気が立ち込めてた2015年。それを変えようとまずは暮らしをシンプルに整えようと取り組んだ2016年。なんとか現状を変えようと、ちょうどいい毎日、を模索する34歳のブログ。

心に留めておきたい言葉⑩

毎月第四日曜日の読売新聞に「ジュニア文芸」というコーナーがあります。先月のこのコーナーで強烈な印象を残してくれた詩がありました。

『がんばれ わたし』

私は がんばっています
とっても大事なことです
いっぱい練習すれば
必ず いいことが待っている
きっと いつかは蒼雨だって
できるのだから
ちゃんと わかっている
いつも不安があっても できるんだ
がんばれ わたし


小学6年生の森田蒼雨さんの詩です。詩を読んで本気で泣くという初めての経験をしました。


わたしは何の変哲もない人間です。特別に大きなことをがんばっているわけではないし、国を変えるような大きな決断をする立場にもありません。毎日の暮らしはちいさなことの積み重ねで、毎朝決まった時間に起きてお弁当をつくり、ちょっと掃除をして大急ぎで身支度して、満員電車に乗り片道1時間半かけて会社に通う。仕事をして、苦手な人とも会議をし、答えたくないプライベートな質問は愛想笑いでかわし、帰りは電車の時間にうまく間に合うように小走りで駅に向かいまた満員電車に乗る。足りないものがあれば途中で買って、帰ったらお風呂・夕食の準備・食べてたら片付け。明日は絶対会社も家事も全部ずる休みしてやる!と思うのだけど朝になればまたちゃんと起きるのです。こんな小さなことの積み重ね。それに満足を感じられる日もあるけれど、全部投げ出したくなる日もあります。
ちいさなことだけど、ちゃんとがんばってる。ちゃんとがんばってるのに、全然報われた気がしない。きっとまだがんばりが足りないのでしょう。がんばる意味なんてあるのかな?

この詩を読んで、がんばることはそれ自体大切なことだと教えられました。必ずいいことが待っている、きっといつかはわたしにもできる、ちゃんとわかっている。
ちゃんとわかっているはずなのに、いろんな経験をして、あの時こうしたのにうまくいかなかった、あの時こうしてしまったからうまくいかなかった、という自分は”こう”という思い込みがわたしをいつも挫けさせるのだけれど、それでもがんばろう。そう思わせてくれてありがとう、蒼雨さん。
オードリー・ヘップバーンのあの有名な「魅力的な唇であるためには、、」と同じくらいきっと、これから先のわたしを支えてくれると思います。