ちょうどいい毎日をさがす日記

なんだか停滞してるな、他人と比べては落ち込んでばかりだな、ともやもやした空気が立ち込めてた2015年。それを変えようとまずは暮らしをシンプルに整えようと取り組んだ2016年。なんとか現状を変えようと、ちょうどいい毎日、を模索する34歳のブログ。

裁かない。

『ゆるすということ―もう、過去にはとらわれない (ジェラルド・G. ジャンポルスキー著)』を読んでいます。

ゆるせない人、います。その代表がちょこちょこ登場している最低な元彼氏。別れるもっと何年も前に見限れたはずだったのに別れられなかった幼い自分。ゆるせない人、ゆるせないことを実際に紙に書き出してみたら大きいものも、小さいものも、結構たくさん出てきました。「誰に見せるわけでもない秘密のリストなのだから正直に書きなさいね」って自分に言い聞かせてみると出るものですね。

そもそも「ゆるす」というのがどんな状態なのかがずっとわからなくて悩んできました。どんな心の状態が「ゆるした」にあたるのかがわからない。それでこの本を手に取ったわけなのです

この本から学んだこと。
それは「裁かない」ということ。
やるべきだと思っているのにできない自分、理想通りにいかない自分。自分の常識ではありえないようなことをするまわりの人。そういったことが起きるたびに自分や旦那さん、同僚、通りすがりの人、、たくさんの人や出来事を裁いてきたことに気づきました。

裁かないということはつまり、現状をただそのまま受け入れるということだと思います。

自分の価値観や常識と違うことが起こったときにむっとしてしまうものです。むっとしているその状態こそが「裁いている」のだと思います。こんなことも実現できない自分は誰にも愛されないの刑に処す!こんなことをわたしにやってくる奴は罵詈雑言を浴びせるの刑に処す!といった具合に。
裁かない、というのは、「そうかそうか、これができなかったか」「そうかそうか、こういうことをする人もいるのね」と思うだけ。その出来事が起きた地点にその出来事は置き去りにして、現在までわざわざ持ってこないようなイメージです。それ以上追わないでいると不思議と怒りも沸かないものだと気づきました。

学生時代につきあい始めた初めての彼氏とは、大学卒業と同時に海外との遠距離恋愛になった挙句、シェアハウスをしていた何人かのうちの一人と浮気され、社会人3年目ぐらいに別れました。遠距離恋愛の間中、旅費を貯め、会いに行った時は学生の彼の分も全てお金を払い、彼との将来のためにと一生懸命頑張っていたのに結局手近なところで浮気をされたことがショックで今でも怒りが沸いてくるし、不幸になればいいのにと思ってしまう。そんな最低な奴と、最低な奴だとわかっていたのに(浮気は初犯ではなかったので)何年もつきあってしまった自分も許せない。

けれどもう裁くのをやめました。

裁くのをやめたら、過去に起きたことは起きたことで、なんだか過去に荷物は全部置いてきたような気分になりました。今まであの重荷を一生懸命10年以上も背負って歩いてきたんだなぁ・・という感じなのです。


ゆるすということ―もう、過去にはとらわれない (サンマーク文庫)

ゆるすということ―もう、過去にはとらわれない (サンマーク文庫)